歯列矯正は数十万円から百万円を超えることもある大きな買い物です。カウンセリングで見積もりを見せられて、思わず言葉に詰まったという方もいるのではないでしょうか。そこで気になるのが「この費用、医療費控除の対象になるのだろうか」という点です。
結論から言うと、歯列矯正は「対象になる場合」と「対象にならない場合」がはっきり分かれます。そして、その分かれ目を決めるのは金額でも治療期間でもなく、何のために矯正するのかという目的です。
この記事では、国税庁が公表している歯の治療費に関する考え方をもとに、矯正が医療費控除の対象になる条件、子どもと大人で判断がどう違うのか、申告時に用意しておきたいものまでを整理します。矯正を検討している段階で読んでおくと、クリニック選びやカウンセリングでの質問の仕方も変わってくるはずです。
本記事の内容は、国税庁タックスアンサー「No.1120」「No.1122」「No.1128」にもとづく2026年8月時点のものです。税制は改正されることがあるため、申告の前に必ず国税庁の最新の案内または所轄の税務署でご確認ください。
歯列矯正が医療費控除の対象になるかどうかの分かれ目
国税庁は「医療費控除の対象となる歯の治療費の具体例」のなかで、歯列矯正についての考え方を示しています。ポイントは次の2つです。
対象になる例:「発育段階にある子供の成長を阻害しないようにするために行う不正咬合の歯列矯正」のように、医学的な必要性が認められる矯正
対象にならない例:「容ぼうを美化するための費用」、つまり見た目を整えることが主な目的の矯正
つまり判断の軸は「治療なのか、美容なのか」の一点です。同じ装置を使い、同じ期間通っていても、その矯正が何のために行われたかで扱いが変わります。
「不正咬合」とは何か
不正咬合とは、上下の歯のかみ合わせがうまくいっていない状態を指す言葉です。前歯が前に出ている上顎前突、下の歯が前に出ている下顎前突(反対咬合)、上下の前歯が閉じない開咬、歯が重なって生えている叢生(そうせい)などが代表的です。
かみ合わせがずれていると、食べ物をうまく噛み切れない、特定の歯だけに強い力がかかる、歯みがきが行き届かず虫歯や歯周病になりやすい、発音がしにくいといった影響が出ることがあります。こうした機能面の問題を改善するために行う矯正は、治療として扱われる方向で考えられます。

子どもの矯正は対象になりやすい
国税庁が対象の具体例として挙げているのが、まさに子どもの矯正です。原文では「発育段階にある子供の成長を阻害しないようにするために行う不正咬合の歯列矯正」と書かれています。
なぜ子どもは認められやすいのか
成長期の子どもは、あごの骨がまだ発達している途中です。かみ合わせのずれをそのままにしておくと、あごの成長方向に偏りが出たり、永久歯が生えるスペースが足りなくなったりすることがあります。この時期の矯正は「成長を正しい方向に導く」という医学的な意味合いが強いため、美容目的とは判断されにくいのです。
実務上も、小児矯正は医療費控除の対象として扱われるケースが多く見られます。ただし「子どもだから自動的に対象」というわけではなく、あくまで不正咬合の改善という目的が前提です。
子どもの矯正で対象になりうる費用
| 費用の種類 | 扱い |
|---|---|
| 検査料・診断料 | 治療の一環として対象になりうる |
| 矯正装置の費用 | 対象になりうる |
| 毎月の調整料(処置料) | 対象になりうる |
| 保定装置(リテーナー)の費用 | 治療に必要な範囲で対象になりうる |
| 通院のための電車・バス代 | 通院費として対象 |
| 付き添う保護者の交通費 | 子どもの通院に付添いが必要な場合は対象 |
お子さんの矯正は通院回数が多く、期間も長くなります。毎月の調整料や交通費を積み上げると、意外なほどの金額になるため、1回ごとの領収書と交通費の記録をきちんと残しておくことをおすすめします。
大人の矯正はどう判断されるのか
大人の矯正になると、判断はやや慎重になります。成長を阻害しないためという理由が使えないぶん、「なぜその矯正が必要だったのか」を説明できるかどうかが重要になってきます。
対象になりうるケース
- かみ合わせの不具合で食べ物を噛み切れない
- 歯並びが原因で発音に支障が出ている
- 特定の歯に負担が集中し、歯や歯ぐきを傷めている
- 歯みがきが届かず、虫歯や歯周病を繰り返している
- 顎関節の不調とかみ合わせの関連が指摘されている
対象にならないと判断されやすいケース
機能面に問題がなく、見た目を整えることが目的の矯正は、国税庁のいう「容ぼうを美化するための費用」にあたるため、医療費控除の対象になりません。「写真映りをよくしたい」「口元の印象を変えたい」といった動機が中心の場合は、対象外と考えておくのが無難です。
大人の矯正で控除を検討するなら、治療の必要性を歯科医師に診断書や意見書という形で書いてもらえるかを、契約前のカウンセリングで確認しておくとよいでしょう。あとから頼むより、最初に相談しておくほうがスムーズです。


マウスピース矯正やデンタルローンの扱い
マウスピース型の矯正装置
透明なマウスピースを使う矯正も、装置の種類ではなく目的で判断されます。ワイヤーだから対象、マウスピースだから対象外、という区別はありません。不正咬合の改善という治療目的があるかどうかが問われます。
ただし、歯科医院を介さずに購入するタイプの製品や、審美目的を前面に出したプランは、治療とみなされにくい可能性があります。
デンタルローンを組んだ場合
矯正費用は高額なため、デンタルローンを使う方も多いはずです。国税庁は、信販会社が立替払をした金額はその立替払をした年の医療費控除の対象になるとしています。つまり分割で返済していても、控除に使えるのは信販会社が医院へ立て替えた年ということになります。
一方で、金利および手数料相当分は医療費控除の対象になりません。ローンの契約書に記載されている総額のうち、治療費本体と金利・手数料を分けて把握しておく必要があります。
クレジットカード払いの場合
クレジットカードで支払った場合も、原則としてカードで決済した日が支払日として扱われます。引き落とし日が翌年になっても、決済した年の医療費として計算するのが一般的です。年末に契約するときは、この点を意識しておくと計算が楽になります。
矯正の医療費控除で用意しておきたいもの
矯正は治療期間が数年に及ぶことが珍しくありません。3年後に「3年分の領収書を集めてください」と言われて途方に暮れるのは、かなりしんどい作業です。長期戦になるとわかっているからこそ、最初に管理の型を作っておくと後が楽になります。
- じゃばら式のドキュメントファイル:年ごと・月ごとに仕切って矯正の領収書だけをまとめておくと、申告年ごとの集計が一気に楽になります
- A4サイズのファイルボックス:領収書の保管は申告期限から5年間必要になるため、年をまたいで保管できる定位置を作っておくと安心です
- 持ち運びできるチャック付きクリアケース:通院のたびに受け取る調整料の領収書を、その場でしまえるようにしておくと紛失を防げます
- 交通費を記録できる小さめのノートや家計簿アプリ:電車・バス代は領収書が出ないため、日付と経路と金額を自分で記録しておく必要があります
特に交通費は盲点です。矯正は月1回程度の通院が続くため、往復の運賃を記録しておくだけで、年間の合計はそれなりの金額になります。通院日をカレンダーに残しておくだけでも、あとから復元しやすくなります。
申告するときの流れ
手続き自体は通常の医療費控除と変わりません。1年分の医療費を集計し、「医療費控除の明細書」を作成して確定申告書に添付します。控除額の計算式は次のとおりです。
(支払った医療費の合計 – 保険金などで補填される金額)- 10万円(総所得金額等が200万円未満の方は総所得金額等の5%)。控除額の上限は200万円です。
矯正費用は1年でまとまった金額になりやすいため、家族のほかの医療費と合算すると10万円のラインは超えやすくなります。生計を一にする家族の医療費はまとめて申告できるので、所得税率が高い方が代表して申告するのが一般的な考え方です。

申告前に確認しておきたい3つのこと
1. 治療の目的が記録として残っているか
矯正が治療目的であることを示す材料として、診断書や治療計画書は有力です。申告時に添付が必須というわけではありませんが、あとから説明を求められたときに手元にあるかどうかで安心感が違います。治療を始めるタイミングで発行を依頼しておくと、数年後に探し回らずに済みます。
2. 領収書の宛名と内訳
領収書の宛名が誰になっているか、内訳に「矯正治療費」「調整料」といった記載があるかを確認しておきましょう。まとめて「治療費」としか書かれていない場合でも問題になることは少ないのですが、内訳が分かれているほうが集計しやすくなります。
デンタルローンを利用した場合は、信販会社との契約書も一緒に保管してください。治療費本体と金利・手数料の内訳がわかる書類がないと、控除に使える金額を切り分けられなくなります。
3. 支払った年がどこで区切られるか
矯正は治療が年をまたぎます。医療費控除は「支払った年」で区切るため、たとえば装置装着時に大きな金額を支払い、その後は毎月の調整料を払っていくという形なら、初年度に金額が集中することになります。
初年度は控除額が大きく、2年目以降は調整料と交通費だけで10万円に届かない、というパターンも起こりえます。その場合でも、家族全員の医療費を合算すれば基準を超えることがあるので、諦める前に世帯全体で集計してみてください。

よくある質問(Q&A)
Q. 子どもの矯正なら、必ず医療費控除の対象になりますか?
子どもの矯正は対象として扱われやすい傾向にありますが、年齢だけで自動的に決まるわけではありません。不正咬合の改善という目的があるかどうかが判断の軸になります。心配な場合は、通院先の歯科医師と所轄の税務署に確認してください。
Q. 大人の矯正では診断書が必要ですか?
申告時に必ず添付が求められるものではありませんが、治療目的であることを説明する材料として、診断書や治療計画書を用意しておくと安心です。矯正を扱う歯科医院に相談してみてください。
Q. 矯正費用を一括で払いました。何年分に分けるのですか?
実際に支払った年の医療費として計算します。一括払いなら、その年にまとめて計上することになります。分割払いの場合は、それぞれ支払った年ごとに計上する形が基本です。
Q. 保定装置(リテーナー)の費用も含められますか?
矯正治療の一環として必要になるものであれば、含められると考えるのが一般的です。ただし紛失による再作製など、事情によって扱いが変わる可能性はあります。
Q. 顎変形症の手術を伴う矯正はどうなりますか?
顎変形症など一定の条件を満たす場合は健康保険が適用されることがあり、その場合は保険診療として扱われます。保険が適用されるかどうかは、指定された医療機関での診断が必要です。まずは矯正歯科で相談してみてください。
Q. 医療費控除の申告を忘れていました。あとからできますか?
還付申告はその年の翌年1月1日から5年間提出できます。数年前の矯正費用でも、期間内であればさかのぼって申告できる可能性があります。
まとめ
歯列矯正と医療費控除の関係を整理すると、次のようになります。
- 判断の軸は「治療目的か、容ぼうを美化する目的か」
- 発育段階にある子どもの不正咬合の矯正は、対象として扱われやすい
- 大人の矯正は、機能面の必要性を説明できるかどうかが鍵
- 装置がワイヤーかマウスピースかで区別されるわけではない
- デンタルローンの金利・手数料相当分は対象外
- 通院のための公共交通機関の運賃は対象、自家用車のガソリン代・駐車場代は対象外
矯正は金額も期間も大きい治療です。契約する前のカウンセリングの段階で、費用の内訳と医療費控除の見通しを確認しておくと、あとから慌てずに済みます。治療の必要性や控除の可否について迷ったときは、自己判断せず歯科医師と税務署の双方に相談してください。
外部参考リンク:


